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インドの聖者『カルキ・バガヴァン』のお話

カルキ・バガヴァンはこう言われました―


悟りとは苦しみのない状態です。
人々の心は様々な苦しみ(ストレス、恐れ、怒り、悲しみ、不安、絶望、葛藤など)に充ち満ちています。
苦しみには、親子関係、夫婦関係、会社の人間関係などの非円滑性による葛藤や悲劇、失恋や受験、
入社試験に失敗し、人生の落伍者の悲哀を味わうなどの精神的な苦しみ。
病気や怪我をして味わう肉体的苦しみ、借金、失業、リストラなどによる経済的苦境などの物質的な苦しみ。
ふと忍び寄る日常性への不安感、自己存在の不確実性など、自己が存在することによる、
苦しみ=存在の苦しみがあります。
かつてハイデッカーを初めとするドイツインテリゲンチャがナチズムに雪崩を打って参入していったあの
「不安感」のことです。これは、神との遠離、生きとし生けるものとの遠離がその因であることはいうまで
もないことです。
ディクシャは、このような苦しみによって心が閉ざされ、つらい日々を送っている人々の心を開くことによって
苦しみを取り除き、至福にするのを目的としております。心が開かれるに従って、
経済的苦境も乗り越えられるようになります。
苦しみ、葛藤がなくなり心が平安になれば、戦争も家庭内暴力、イザコザも個人の醜い争いも
金銭欲にもとづいた競争もひいては地球の環境汚染もなくなります。
人類はフランス革命、アメリカ独立戦争、ロシア革命を経験しましたが、人々を幸せには
できませんでした。なぜなら依然として内側が解放されていないからです。

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カルキ・バガヴァンはこう言われています―


悟りは与えられるものです。
教え、サーダナ、瞑想等によって得られるものではありません。
悟ることも、神を発見することもできません。
ラマナ・マハリシ(二〇世紀最大のアヴァター。沈黙の聖者と呼ばれる。1879-1950年)が
真我について語り出したのはラマナにシヴァ神が降臨してからのことです。逆の過程ではありません。
悟りは人間の努力によって得られるものではありません。
悟りとはあなたが悟るのではありません。
あなたがなくなることです。
わたしが在るというのはイルュージョン(錯覚)なのです。
わたしがある限り、わたしはTrishnaトリシュナー(渇望)そのものであるからです。
わたしがある限り、苦しみが、葛藤が付いて廻ります。
ディクシャは脳の前頭葉と側頭葉を賦活化させ、シナプスの状態を変えることにより悟りを与えます。
従って悟りとは、全き生理学上のものです。

今、2012年に向かって、私たちの足下が大きく揺らいでいます。地球磁場の振動数が、
旧来の8ヘルツから12ヘルツに上昇しつつあります。13ヘルツになると、地球磁場は完全に消失
すると言われています。クンダリニーが地核からやって来るように地球磁場と心臓はリンクしています。

カルキ・バガヴァンは言います―
2012年とは地球磁場が停止することによって、そこに貯蔵された人類の想念=カルマが消失し、
新しい時代、黄金時代が始まる年です。この未曾有の激変に対して人類は何も為すすべはありません。
人間関係を整えた人のみがこの艱苦を乗り越えられます。
なぜなら、人間関係はあなたの鏡そのものであるからです。

 


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